科学研究費 基盤研究(S)

人の認知・判断の特性と限界を考慮した自動走行システムと法制度の設計

過去の研究計画と実績

平成31年度

研究計画

 HF研究アスペクトでは、レベル2の自動運転において、システムとの会話を通じて運転者による円滑な監視の継続を可能にする会話のデザイ ン法を明らかにする。また、安心感が冷静な判断を導く一方で、不安感が周囲への注意力や対応力を上げることに着目し、適切な警戒心・覚醒 を維持させる工夫を検討する。さらに、自動運転車と運転者との関係のあり方と運転者が持つべきスキルを人間工学の観点から検討する。特に 、レベル3の自動運転におけるセカンダリタスクについて、運転交代要請への対応迅速性との関係を解明する。

 ED研究アスペクトでは、2018年に国土交通省が公表した自動運転車の安全技術ガイドラインに沿った双対制御機構を備えるシステム安全制御 (ミニマム・リスク・マヌーバー)をシミュレータ上に構築し、設計条件を超える事象下での安全制御機構の効果評価を行う。さらに、霧発生 など、自動運転システムによる環境認識機能が低下した状況のもとで運転者に権限委譲への準備を促す手法(2018年度開発)をシミュレータ上 に構築し、同手法の効果評価を行う。加えて、長時間の自動運転中におけるドライバの状況認識低下の改善を目的とした触覚デバイスを用いた 情報提示手法、周辺視野域への視覚的刺激提示法の有効性を検証する。

 AR研究アスペクトでは、国際的な道路交通をめぐるジュネーブ条約の解釈運用と、国内の道路交通法・道路運送車両法を始めとする法整備の あり方について具体的な提案を行う。また、レベル2及びレベル3の自動運転を対象とし、そこで起こり得る自動走行システムへの過信と誤信 に基づく事故類型を明らかにし、民事責任の視点での法的責任を考察する。また、レベル3の自動運転において、機能に支障が発生したことを 検知したシステムが車上のユーザーに運転交代を要請したにもかかわらず、同人が適時に引継ぎを行わないためにシステムがミニマム・リスク ・マヌーバーを実施している中で事故が発生した折の法的責任の状況依存性を、刑事責任の視点から解明する。

研究実績

 ヒューマンファクター(HF)研究アスペクトでは、機能共鳴モデルに状況認識のレベルを組込み、道路交通状況に応じた人のレジリエントな運転行動の記述を可能にした。また、人のレジリエンス能力を高めるためのゲーミング活用型研修を開発し、有効性を検証した。

 エンジニアリングデザイン(ED)研究アスペクトでは、レベル2の自動運転のための双対制御機構、すなわち、ハンズオン形態の場合、車線逸脱の発生を予測したとき、車線区分線のわずかに内側となる領域を区分線に沿って走行するという「不十分なステアリング制御」を実行するにとどめ、それへの運転者の対応を注視することにより運転者の状態を識別する方式と、ハンズオフ形態の場合、運転者と対話・コミュニケーションを行う機能を活用して運転者の状況認識の的確さを識別しようとする方式を開発した。いずれの方式においても、システムは「運転者が監視制御の任を果たしていない」ことを的確に判定することができること、さらに双対制御機構とMRMによって行われる2段階にわたる安全制御により、車両の安全を確実に担保できることを立証した。

 レベル3の自動運転については、システムの環境認識機能が低下したときに人に権限委譲への準備を促す方式を開発し、頻繁に権限委譲を行う方式、情報提供を行わない方式と比べ、提案方式が運転交代要請への反応時間の短縮、車両安定性向上、作業負荷抑制への有効性を示した。

 権限と責任(AR)研究アスペクトでは、自動走行の事故責任に関する技術者と法律家の認識のズレを埋めるべく、講演会やシンポジウムで「工学と法学の架橋」をめざした情報発信ならびに自動運転をめぐる法的課題に関する問題提起を行った。2019年の道路交通法及び道路運送車両法の改正を踏まえ,レベル3の自動運転におけるシステムから人への権限委譲時の事故にかかる運転者の刑事責任に関する考察等を行った。

平成30年度

研究計画

 HF研究アスペクトでは、自動走行システムが想定していない事象、あるいは運転者が遭遇すると想定していなかった事象に対 して、当該車両の運転者やその他の交通参加者、運行管理者等がレジリエントに行動するための要件、教育・訓練手法、支援方 法を検討する。また、運転者-自動運転車両との関係性において、運転者の有すべき資質要件を検討する。さらに教育訓練(教 習)のあり方を理論的に検討する。

 ED研究アスペクトでは、カーブ走行などを含む複雑かつ幅広いシナリオのもとで、平成28、29年度に提案した権限共有モード の有効性を検証する。また、権限共有モードの採用により、自動走行システムに対する人間の信頼感向上効果が期待できるか否 かを定量的に評価する。ここでは、自動走行システムのセンサー信頼度が低い場合などが検討対象となる。自動運転レベルがレ ベル3からレベル2へ移行した場合には、継続的な前方の監視や迅速な運転介入が要求されることになるが、レベル2を継続し て運転していた場合(平成29年度の実験設定に相当)に比べてどのような差異が見られるか、ドライビングシミュレータ実験を 活用して検討・解析し、顕著な差異が見出された場合には、その対応策を検討する。さらに、具体的な車両システムへの適用を 前提に、平成29年度に得られた刺激画角や刺激タイミングなどの設計パラメータに基づき、具体的な実現システムを検討・評価 する。また、視覚的刺激のみならずマルチモーダルな注意誘導手法についても、本手法の拡張手法として具体的に検討する。な お、これらの研究を円滑に推進するため、電通大で研究員を務めていた中嶋豊(成蹊大学・助教)を研究分担者として追加する。

 AR研究アスペクトでは、ドライバーモニタリングによって「運転者は、自動走行システムがRTIを発して運転交代を要請して も、その要請に適切に対応することができない可能性が高い状態である」と判定された場合、システムにその場合の対応策を選 択・決定する権限を与えることの適否を数理的ならびに法的に評価するとともに、ドライバーモニタリングの結果を権限委譲に 反映させるシステム設計を明らかにする。

研究実績

 ヒューマンファクター(HF)研究アスペクトでは、自動運転における運転行動記述法としてSTAMP/STPAを検討し、踏切制御構造の記述、複数の遠隔操縦ロボットの衝突回避のための条件記述を行った。また、レベル3の自動運転中に発出される運転交代要請(RTI)へ対応可能なセカンダリタスクの条件についての検討を開始した。また、道路交通システムのレジリエンス維持に必要な自動走行システム/運転者のレジリエンス能力を検討した。

 エンジニアリングデザイン(ED)研究アスペクトでは、レベル2の自動運転において、運転者とシステムとの会話は、(1)運転者の状況認識の質を高めるうえで有効であること、(2)会話の頻度が高い方が自動制御モードから手動制御モードへ切替えた場合の運転が安定すること、(3)会話はレベル2の自動運転における負担軽減に寄与する可能性があること、等を示した。また、周辺視野域への視覚的刺激提示による注意誘導効果について、注意誘導効果が得られる刺激提示範囲や視覚的刺激の誤提示に対する注意誘導の副作用などを検討し、実装設計のために必要な定量的数値の明確化をはかった。

 権限と責任(AR)研究アスペクトでは、2017年度の成果のひとつである「レベル3の自動運転において、RTI発出にも関わらず運転者が適時適切にシステムから権限を引き継がないときはシステムがリスク最少化制御を行うべきである」との知見が2018年6月発行の国交省「自動走行車の技術ガイドライン」に採用されたことを受け、それを同省の「電子牽引による後続無人隊列走行」の基本設計書にも反映させた。また、RTIに基づく権限委譲時に、システムとドライバの双方が横方向制御を行わない「空白状態」が出現する可能性があることを示した。さらに、その空白を埋めるものとして、haptic shared controlを用いた運転権限委譲法を提案した。

進捗状況

おおむね順調に進展している。

 レベル2の自動運転において運転者がシステムと交わす会話は、(i)運転者の状況認識改善に有効であること、(ii)会話の頻度が高い方が自動制御モードから手動制御モードへ切替えた場合の運転が安定すること、(iii)会話は運転者の負担を軽減する可能性があること、等が証明できた。

 レベル2またはレベル3の自動運転でシステムによる車両制御中に運転者が行おうとしている介入操作が不適切なものと判定されたとき、それを抑止するプロテクションの有効性が示せた。

 「レベル3の自動運転におけるRTI発出時に運転者が適切に権限を引き継がないときはシステムがリスク最少化制御を行うべきである」との2017年度の成果が2018年6月発行の国交省「自動走行車の技術ガイドライン」に採用された。

 レベル3の自動運転では、RTIに基づく権限委譲時にシステムとドライバのいずれもが横方向制御を行わない「空白状態」が出現する可能性を示し、その空白を埋めるものとしてhaptic shared controlを用いた運転権限委譲法を提案した。

 周辺視野域への視覚的刺激提示による注意誘導効果について、注意誘導効果が得られる刺激提示範囲や視覚的刺激の誤提示に対する注意誘導の副作用を解明し、実装設計に必要な定量的数値の明確化をはかった。

 レベル2の自動運転における運転行動記述法としてSTAMP/STPAを検討し、踏切制御構造の記述、複数の遠隔操縦ロボットの衝突回避のための条件記述に結実させた。

 レベル3の自動運転中に発出されるRTIへ対応可能なセカンダリタスクの条件についての検討の方向性を策定できた。

 道路交通システムのレジリエンス維持に必要な自動走行システム/運転者のレジリエンス能力についての知見が得られた。

今後の推進方策

 HF研究アスペクトでは、レベル2の自動運転において、運転者による円滑な監視の継続を可能にするシステムとの会話のデザイン法を明らかにする。また、安心感が冷静な判断を導く一方で、不安感が周囲への注意力や対応力を上げることに着目し、適切な警戒心・覚醒を維持させる手法を開発する。さらに、運転者とシステムの関係のあり方と運転者が持つべきスキルを人間工学的視点から検討する。特に、レベル3の自動運転におけるRTIへの対応迅速性とセカンダリタスクとの関係を解明する。

 ED研究アスペクトでは、双対制御機構を備えるシステム安全制御を構築し、設計条件を超える事象下での安全制御機構の効果評価を行う。さらに、自動運転システムによる環境認識機能が低下した状況のもとで運転者に権限委譲への準備を促す手法の開発と効果評価を行う。加えて、長時間の自動運転中における運転者の状況認識低下抑止のための触覚デバイス活用型情報提示法、周辺視野域への視覚的刺激提示法の有効性を検証する。

 AR研究アスペクトでは、国際的な道路交通をめぐるジュネーブ条約の解釈運用と、国内の道路交通法・道路運送車両法を始めとする法整備のあり方について具体的提案を行う。また、レベル2及びレベル3の自動運転を対象とし、起こり得る自動走行システムへの過信と誤信に基づく事故類型を明らかにし、民事責任の視点での法的責任を考察する。また、レベル3の自動運転において、システムがRTIを発出したにもかかわらず、運転者が適時に引継ぎを行わないためにシステムがミニマムリスクマヌーバを実施している中で事故が発生した折の法的責任の状況依存性について刑事責任の視点から解明する。

 年度後半には、本研究の成果の社会還元を企図した講演会/シンポジウムを開催するとともに、ウェブサイトの充実を図る。

平成29年度

研究計画

 本研究では、ヒューマンファクター(HF)、エンジニアリングデザイン(ED)、権限と責任(AR)の3つの研究アスペクトを設け、アスペクト内での研究推進と、アスペクト間でのニーズとシーズの相互提供を基軸にして視点・方法論が異なる研究者による工学・法学・心理学の分野融合的研究体制を構築することにより、人の認知・判断の特性と、自動運転レベルが運転者に求めるタスク・責任との間のミスマッチを明らかにするとともに、人と機械がたがいの能力限界を補いつつ状況に応じた協調を行い、交通事故削減、運転者負荷軽減、モビリティ向上等に貢献できる自動走行システムを実現させるための基盤理論・要素技術群を構築する。さらに、自動運転の普及を想定した新しい法理論を開発し、それを具現化した法制度を提案する。

研究実績

 ヒューマンファクター(HF)研究アスペクトでは、架空の車のカタログを用いた質問紙調査とシミュレータ実験によって自動走行システムへの誤解の態様を示し、今後の運転免許制度と教育のあり方を検討した。さらに、自動運転車両操縦時に人が果たすべき役割をレジリエンス行動の観点から検討した。

 エンジニアリングデザイン(ED)研究アスペクトでは、すでに開発していた自動運転と手動運転の間に権限共有モードを設けて安定的に操作権限を委譲する手法の機能を拡張強化する権限共有モード開始時に制御強度を下げる強度調整法を新規開発した。また、新手法が権限委譲時の操舵・車両運動の安定性向上と運転負担軽減を両立させることをシミュレータ実験によって証明した。さらに、セカンダリ・アクティビティと前方監視の並列遂行を可能にすべく、①ナビ画面の前方提示と②ナビ画面横に前方映像提示する方式を取入れ、運転介入の円滑さと前方注意が確保できることを実験に証明した。

 権限と責任(AR)研究アスペクトでは、レベル3の自動運転において、システムの判断に基づいてシステムから運転者に権限を委譲する方式を網羅的に生成し、リスク期待値を最少化する最適な権限委譲方式を導出し、それとレベル3の自動運転の組合せがもはやレベル3の自動運転の範疇から逸脱することを示すことにより、2016 年9月改訂のSAE J3016の自動運転レベル定義に不備があることの数学的証明を与えた。さらに、レベル3の自動運転と上記最適権限委譲方式の組合せは、SAE J3016旧版におけるレベル4の自動運転と等価であることも証明した。

進捗状況

おおむね順調に進展している。

 SAEが2014年1月に公表したJ3016において定義している5段階の自動運転レベルのみならず、2016年9月発行のJ3016改訂版が定義している5段階の自動運転レベルにも不備がある(いずれの文書においても、本来定義されていてしかるべきレベルが欠落している)ことを世界で初めて明らかにした。

 現在、世界各国で進められているレベル3の自動運転において自動走行システムが備えているべき最適権限委譲方策は、自動走行システムが運転者に運転交代を要請した際、「運転者が運転行動を開始したことを確認するまでは自動制御モードを解除しない」という動作原理を堅持する方策でなければならないことを世界で初めて証明することに成功している。

 レベル3の自動運転においてシステムの判断によって運転交代要請が発出されたとき、たとえ覚醒度が高く状況認識も良好な運転者であっても、セカンダリアクティビティを遂行していた状態から短時間のうちに車両制御を引き継がなければならない場合には車両の安定性が十分に確保できないのではないかとの懸念があるが、haptic shared controlのしくみを活用する権限共有によって、権限委譲の円滑性と安全性の向上が図れることを明らかにしている。

 レベル2の自動運転のもとで自動走行システムによる車両制御の監視制御の任務を負う運転者が、自動走行システムの意図を知覚・認知できるだけでなく、自動走行システムと運転者間での状況認識共有を可能にするヒューマンマシンインタフェースの設計原理を明らかにすることに成功している。

 運転者とシステムとの関係性において運転者が果たすべき役割を、レジリエンス行動の構成要件と理論的考察の中から明確化できている。

今後の推進方策

 HF研究アスペクトでは、自動走行システムが想定していない事象、あるいは運転者が遭遇すると想定していなかった事象に対して、当該車両の運転者やその他の交通参加者、運行管理者等がレジリエントに行動するための要件、教育・訓練手法、支援方法、運転者の有すべき資質要件を理論的に検討する。

 ED研究アスペクトでは、カーブ走行などを含む複雑かつ幅広いシナリオのもとで、平成28、29年度に提案した権限共有モードの有効性を検証する。また、権限共有モードの採用により、自動走行システムに対する人間の信頼感向上効果を定量的に評価する。自動運転レベルがレベル3からレベル2へ移行した場合には、継続的な前方の監視や迅速な運転介入が要求されるが、レベル2を継続して運転していた場合に比べてどのような差異が見られるか、シミュレータ実験を活用して検討・解析し、対応策を検討する。さらに、具体的な車両システムへの適用を前提に、平成29年度に得られた刺激画角や刺激タイミングなどの設計パラメータに基づき、具体的な実現システムを検討・評価する。なお、これらの研究を円滑に推進するため、中嶋豊(成蹊大学・助教)を研究分担者として追加する。

 AR研究アスペクトでは、ドライバーモニタリングによって「運転者は、自動走行システムがRTIを発して運転交代を要請しても、その要請に適切に対応することができない可能性が高い状態である」と判定された場合、システムにその場合の対応策を選択・決定する権限を与えることの適否を数理的ならびに法的に評価するとともに、ドライバーモニタリングの結果を権限委譲に反映させるシステム設計を明らかにする。

平成28年度

研究計画

 本研究では、ヒューマンファクター(HF)、エンジニアリングデザイン(ED)、権限と責任(AR)の3つの研究アスペクトを設け、アスペクト内での研究推進と、アスペクト間でのニーズとシーズの相互提供を基軸にして視点・方法論が異なる研究者による工学・法学・心理学の分野融合的研究体制を構築することにより、人の認知・判断の特性と、自動運転レベルが運転者に求めるタスク・責任との間のミスマッチを明らかにするとともに、人と機械がたがいの能力限界を補いつつ状況に応じた協調を行い、交通事故削減、運転者負荷軽減、モビリティ向上等に貢献できる自動走行システムを実現させるための基盤理論・要素技術群を構築する。さらに、自動運転の普及を想定した新しい法理論を開発し、それを具現化した法制度を提案する。

 HF研究アスペクトでは、平成27年度の「ヒューマンファクター課題の抽出」をもとに、通信利用型運転支援システム等を対象としてITS推進協議会が策定した「HMIの配慮事項」を包合する形で「自動運転のためのHMIの設計ガイドライン策定」を行う。さらに、ED研究アスペクトと協力しながら、レベル2の自動運転中の「ドライバモニタリング」への新手法として、会話を用いる方式の提案とその機能検証を行う。

 ED研究アスペクトでは、年度前半で自動運転のレベルに応じた権限委譲機構の開発を行う。年度後半では、システムから運転者への権限委譲の要請が行われるより以前の時点で運転者が権限委譲要請を予期できるようにするためのHMI、及び権限を円滑に引き継げるようにするための権限共有方式を開発し、各大学のドライビングシミュレータ上に構築して認知工学的実験を行い、状況認識の向上、警戒心の確保の視点から機能検証を行う。

 AR研究アスペクトでは、平成27年度の研究によって行った論点抽出をもとに、レベル3の自動運転における運転者過失の問い方・問われ方に焦点を絞り、システムの要請に基づく権限委譲を境に運転主体がシステムから運転者に替わるケースにおける運転者過失に関する新しい法理論の構築を行う。

研究実績

 HF研究アスペクトでは、自動運転のためのHMIガイドラインを策定した。またED研究アスペクトと協力し、レベル2の自動運転のドライバモニタリングとして会話を用いる方式を提案し、脳波の事象関連電位を用いるドライバ状態評価法の可能性を検討した。さらに、レジリエンス行動の特性の理論的な検討を行い、人間のレジリエンス能力を高める手法のドライバ教育への適用可能性を検討した。

 ED研究アスペクトでは、自動運転のレベルに応じた権限委譲機構の開発を行い、ドライバ操舵により徐々に手動運転に移行する手法と、不適切な介入を防ぐためのプロテクションを提案した。さらにプロテクションが不完全な場合の効果評価を行った。また、システムから運転者への権限委譲の要請が行われる前にドライバが権限委譲要請を予期できるようにするHMI(シート振動、操作デバイス・車両挙動、周辺視覚や聴覚を利用)をHF研究アスペクトと協力して提案した。さらに、権限委譲の円滑化を図る権限共有方式を開発して各大学で認知工学的実験を行い、状況認識の向上と警戒心の確保の視点から機能検証を行った。

 AR研究アスペクトでは、レベル3の自動運転が想定している権限委譲のリスク評価を行うことにより、レベル3の自動運転は社会実装の目標とすべきでないことを数理的に証明した。一方、それでもなおレベル3の自動運転が社会実装された場合の運転者過失の問い方・問われ方について模擬裁判やシンポジウムを開催して考察しつつ、システムの要請に基づく権限委譲を境に運転主体がシステムから運転者に替わるケースにおける運転者過失に関する新しい法理論の構築を行った。

 また、海外から5名の研究協力者を招いてシンポジウムを行い、本研究課題の成果を各国で進められている自動運転関連プロジェクト(わが国なら、内閣府SIPや国交省ASV推進計画等)へ展開するための方策について討議した。

進捗状況

おおむね順調に進展している。

 「研究実績の概要」欄に示したように、H28年度分として計画をしていた研究は、HF研究アスペクト、ED研究アスペクト、AR研究アスペクトのいずれにおいてても、ほぼ予定どおり実施できている。また、研究チーム内でも定期的に情報交換や討議を行うことができており、実験方法の検討や調整も円滑に進められる状況である。

 これまでの論文発表は、それ以前の研究をベースにしているところがあるため、まだ機関ごとの発表が多い状況であるが、今後は機関をまたぐ共著論文も増やしていく予定である。国際共著論文も増えつつあり、この傾向はこれから一層加速できるものと考えている。HF研究アスペクト及びED研究アスペクトでは、現在、28年度の実験の成果をまとめて論文の執筆を進めているところである。一方、AR研究アスペクトは、各論を論文としてまとめるというよりは、自動走行システムを装備した車両のさまざまな形態の事故を想定した模擬裁判などを通じた事例の理解や解析の深化、さらには経験の蓄積が重要である。実際、そのための活動は予定どおりできている。

 自動運転に関する官民の取組みは前年度にも増して加速の度合いを強めているが、社会へは必ずしも正しい理解が浸透しておらず、自動走行システムを搭載した車両に対するユーザーの過信に起因する事故が発生するようになっている。この背景には、社会からの関心を集めようとする官民の拙速ともいえる技術開発がある。本研究では、そのような風潮に一石を投じるべく、学術的な真理探究を軽視しない姿勢を堅持しているが、本研究の成果として明らかになりつつある技術面あるいはシステム設計面での問題点を、可能な限り迅速に内閣府SIP「自動走行システム」や国交省第6期先進安全自動車(ASV)推進計画等へフィードバックする姿勢をより強化する必要があると考えている。

今後の推進方策

 HF研究アスペクトでは、自動運転のためのHMI設計がshared mental modelにもたらす影響を明らかにするとともに、レベル2の自動運転におけるドライバモニタリングの新手法である会話を用いる方式について詳細な機能評価を行う。さらに「想定外事象発生時のレジリエンス情勢プログラムの開発」のために、レジリエンス特性を図る心理尺度とドライバのレジリエンス能力を高める教育・訓練手法の開発に取り組む。

 ED研究アスペクトでは、権限共有方式と権限委譲方式との比較を行うとともに、権限委譲方式が必要な場合に権限委譲要請を予期できるようにするためのHMIの高度化を行う。また自動運転と手動運転との間をつなぐshared contorolモードを構築し、各大学でドライビングシミュレータを用いた認知工学的実験を行い、状況認識の向上、警戒心の確保、過信・不信の視点から機能評価を行う。

 AR研究アスペクトでは、28年度の研究によって明らかになったレベル3の自動運転の不合理性が運転者過失の問い方・問われ方にどのような影響を及ぼすかについて、民事法、刑事法ならびに人間機械共生学の視点から詳細な解析を行うとともに、レベル3の自動運転の不合理性を解消するうえでレベル4の自動運転の意味を検証し、システムの要請に基づく権限委譲を境に運転主体がシステムからドライバに替わるケースにおける運転車過失に関する新しい法理論の構築に取り組む。

 各機関とも、29年度交付申請書に記載した研究計画に従って着実に研究を推進するとともに、学術雑誌論文を増やしていくことによって、本研究チームのプレゼンスをさらに高めていく。そのためにより一層の機関間交流・協働並びに海外の研究協力者との共同研究を推進する。さらに内閣府SIPや国交省ASVへ本研究の成果を積極的に提供し、自動運転システム実現に向けた問題解決への貢献を加速させたい。

平成27年度

研究計画

 本研究では、ヒューマンファクター(HF)、エンジニアリングデザイン(ED)、権限と責任(AR)の3つの研究アスペクトを設け、アスペクト内での研究推進と、アスペクト間でのニーズとシーズの相互提供を基軸にして視点・方法論が異なる研究者による工学・法学・心理学の分野融合的研究体制を構築することにより、人の認知・判断の特性と、自動運転レベルが運転者に求めるタスク・責任との間のミスマッチを明らかにするとともに、人と機械がたがいの能力限界を補いつつ状況に応じた協調を行い、交通事故削減、運転者負荷軽減、モビリティ向上等に貢献できる自動走行システムを実現させるための基盤理論・要素技術群を構築する。さらに、自動運転の普及を想定した新しい法理論を開発し、それを具現化した法制度を提案する。

 HF研究アスペクトでは、SIP「自動走行システム」システム実用化WGが平成26年度末までに選定予定の約20種類の具体的走行シーンに対し、状況認識喪失、警戒心欠如、過信・不信等をはじめとする「自動運転がもたらすヒューマンファクター課題の抽出」を行う。続いて、それらを解消する手段として、「自動運転のためのHMIが満たすべき基本要件の検討」を行う。

 ED研究アスペクトでは、NHTSA等による自動運転のレベル定義に含まれていない「自動運転のミッシング・レベルの系統的発見」を行うための手法を開発する。さらに、見出された自動運転のミッシング・レベルの各々を各大学のドライビングシミュレータ上に構築して認知工学的実験を行い、システム安全に係る懸念要因を抽出する。

 AR研究アスペクトでは、上述の自動運転のレベル定義におけるレベル2及び3の自動運転に焦点を絞り、「現行法上の問題点の抽出」を行う。

研究実績

 HF研究アスペクトでは、自動運転がもたらすヒューマンファクター課題である警戒心欠如、過信、不信等の検討を行った。その結果、オートメーションサプライズを経験すると、ドライバの自動運転システムへの信頼が低下し以降の走行における警戒心が高まることを、システムへの信頼、眠気、警戒心等の測定実験から確認した。また、自動走行中のヒューマンマシンシステムとしての利用者役割のみならず、他の非自動運転車両との関係性、社会の人々の自動運転車への信頼等、社会システムにおける自動運転車の位置づけ、人の位置づけのモデルを構築した。さらに、自動運転のためにHMIが満たすべき基本要件の検討を行った。

 ED研究アスペクトでは、自動運転のミッシング・レベルを系統的に発見する手法を開発した。また、システムからドライバへの権限委譲機構の開発のため、広角ビジュアルシミュレータの設計・開発、周辺視を活用した視覚的警報の可能性検討、システムからドライバへの権限委譲を円滑・安全に行える権限共有技術の開発、ドライバの状況認識を強化する振動刺激技術の提案とデバイス試作を行った。さらに、ドライバへの権限移譲が必要な場合に備えたドライバ監視方策とHMIのあり方を検討した。

 AR研究アスペクトでは、自動運転をめぐる法的整備の課題につき、(1)道路交通に関する現行法の規律、(2)事故責任に関する現行法の構造を検討したうえで、(3)道路交通に関する国際的な基準をなすジュネーヴ条約及びウィーン条約の最近の改正動向を確認し、(4)今後開発・実用化される自動運転レベルに合わせた法改正の必要性と論点を抽出した。とくに、民事責任のあり方につき、民法の特別規定と、自動車損害賠償保障法、製造物責任法の構造分析を試みた。

進捗状況

おおむね順調に進展している。

 「研究実績の概要」欄に示したように、HF研究アスペクト、ED研究アスペクト、AR研究アスペクトのいずれにおいても、研究計画は順調に進捗している。なお、AR研究アスペクトが計画していた「現行法上の問題点の抽出」のように、当初予定の内容を超え、「自動運転の社会導入を支える法体系とするための法改正の論点抽出」まで完了させた等、計画以上に進展した項目もある。

 自動運転に関する官民の取組は加速しており、社会の関心の高まりも急速である。しかし、それらの取組は必ずしも盤石な基盤を持つものばかりではないことから、大学の積極的参画・貢献への社会的期待も急速に高まっている。本基盤研究(S)は、内閣府SIP「自動走行システム」推進委員会やシステム実用化WGにおける研究開発や、自動運転を社会に導入するための免許制度や法制度を設計するための基盤理論提供を通じた社会貢献も目的としておあり、それらの進捗も順調である。平成27年度には、警察庁と経済産業省にも、自動走行システムの社会的導入へ向けた新たな委員会・検討会が設置され、本基盤研究(S)の研究代表者・研究分担者の数名が委員委嘱を受けた。本基盤研究(S)の社会貢献は、これから一層加速していくものと予想される。

 「研究発表」欄に示しているように、本基盤研究(S)の研究代表者・研究分担者は、さまざまな学協会から招待論文・招待講演の依頼を受けている。なかでも「自動車技術」2015年12月号(自動運転特集号)掲載の解説記事17編中5編が本基盤研究(S)の研究分担者5名の執筆によるものであったことは、特筆に値する。

 上記のように、本基盤研究(S)に対する産官学からの期待は大きい。このことを念頭に置きつつ今後も研究を進めていく所存である。

今後の推進方策

 HF研究アスペクトでは、平成27年度の「ヒューマンファクター課題の抽出」をもとに、通信利用型運転支援システム等を対象としてITS推進協議会が策定した「HMIの配慮事項」を包合する形で「自動運転のためのHMIの設計ガイドライン策定」を行う。さらに、ED研究アスペクトと協力しながら、レベル2の自動運転中の「ドライバモニタリング」への新手法として、会話を用いる方式の提案とその機能検証を行う。

 ED研究アスペクトでは、年度前半で自動運転のレベルに応じた権限委譲機構の開発を行う。年度後半では、システムから運転者への権限委譲の要請が行われるより以前の時点で運転者が権限委譲要請を予期できるようにするためのHMI、及び権限を円滑に引き継げるようにするための権限共有方式を開発し、各大学のドライビングシミュレータ上に構築して認知工学的実験を行い、状況認識の向上、警戒心の確保の視点から機能検証を行う。

 AR研究アスペクトでは、平成27年度の研究によって行った論点抽出をもとに、レベル3の自動運転における運転者過失の問い方・問われ方に焦点を絞り、システムの要請に基づく権限委譲を境に運転主体がシステムから運転者に替わるケースにおける運転者過失に関する新しい法理論の構築を行う。その際、人間による操縦という概念がなくなる完全な自動運転になると、事故発生時における刑事上の責任を負担するのは誰かという問題が出てくる。刑事責任は、違法な実行行為者に対して、悪質であれば故意犯を、不注意によるものであれば過失犯を問うことになるが、設計者や製造者などが、従来の刑事責任論に基づいて責任を負担することが十分に説得性のある説明となるのか、等が検討課題となる。

 いずれの研究項目についても、学会発表のみならず内閣府SIP、警察庁、経済産業省等の委員会活動にも積極的に反映させ、意見交換等を通じながら一層の研究推進を図る。

論文等の業績

雑誌論文・国際会議論文・解説論文等

2020年度

2019年度

2018年度

2017年度

2016年度

2015年度

図書

2019年度

2018年度

2017年度

2016年度

2015年度